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にっぽん子ども・子育て応援団結成10周年記念フォーラムに話題提供者として参加

にっぽん子ども・子育て応援団結成10周年記念フォーラムに話題提供者として参加
  • 2019/05/19 23:19

私は、三鷹市長として多くの政策課題に直面し、対応してきました。
中でも「子ども・子育て支援」は、私にとって極めて深い問題意識をもって臨んできただけではなく、その課題解決に向けて、多くの政策提案と制度設計の機会を持ってきました。

私が二人目の子ども(次女)を出産した平成元(1989)年は、いわゆる「1.57ショック」が注目された年でした。
一人の女性が一生涯にわたって産む子どもの数の推計値である「合計特殊出生率」が、極めて低い数値になったからです。
その後、国は、「エンゼルプラン」「新エンゼルプラン」をはじめとして多くの少子化対策を進めましたが、少子化はなかなか止まりはしませんでした。

2003年4月に、私が三鷹市長に初めて就任した直後の7月に「少子化対策基本法」が制定され、2期目に就任した2007年に官邸から「子どもと家族を応援する日本重点戦略会議」の構成員に指名され、12月の重点戦略のとりまとめに加わりました。

その直後に、厚生労働省社会保障審議会に「少子化対策特別部会」が設置され、全国市長会推薦の委員として、家庭的保育(保育ママさん)の制度の改善などをはじめ議論に加わりました。
その過程で、今後、国及び自治体が子ども・子育て施策の充実を図るとともに、その財源確保を推進することを目標に、2009年5月に設立された「にっぽん子育て応援団(現在のにっぽん子ども・子育て応援団)」に企画委員として参画しました。

その後、内閣府に設置された「子ども子育て支援新制度」の構築に向けて設置された「基本制度ワーキングチーム」「幼保一体化ワーキングチーム」の構成員に就任し、2012年8月の「子ども・子育て関連三法」の成立に向けた基礎自治体としての意見を表明してきました。
法成立後は、2013年に法に基づいて設置された内閣府「子ども・子育て会議」の構成員を2015年4月の本格施行まで務めました。
この2年間において、市町村が実施主体であること、施設型給付と地域型保育給付の創設、認定こども園制度の改善、公定価格の考え方、母子保健の充実などに関する濃密な議論に参画しました。

こうした経過の中にあって、にっぽん子育て応援団のフォーラムや研究会にも、基礎自治体の市区町村長が積極的に参加するようになりました。
私は、3年前からは東京都市長会推薦で、東京都の「子供子育て会議」の委員を務めてきました。
2016年6月からは、全国市長会の会長特命の「子ども・子育て支援施策担当副会長」を務めて、この1年間は「幼児教育・保育の無償化」を国と地方の協議の場等を通じて協議に参画してきました。

三鷹市の実践としては、妊娠期からの切れ目のない子育て支援としての、妊娠届を提出されたすべての妊婦さんの保健師・助産師等による全員面接「ゆりかご面接」から始まる「ウエルカム・ベビー・プロジェクト」を推進してきました。
パソコンやスマートフォンを利用したプッシュ型の情報提供サービス「ゆりかごスマイル」、出産後のケアのデイサービス「ゆりかごプラス」などを通して、心身ともに極めてデリケートな時期を支えていく仕組みが具体化してきました。

第3分科会では、応援団長の一人である樋口恵子さんのコーディネートのもと、東日本大震災の被災地である岩手県遠野市の本田市長、昨年の西日本7月豪雨の被災地である岡山県総社市の片岡市長、首長で初めての育児休暇を取得された文京区の広澤区長とご一緒に話題提供を行いました。

2019051904.png第三分科会で話題提供

フォーラムの最後の全体会では、「すべての子どもたちが、慈しみと支え合いの中で育つための環境整備を」と題するアピールが採択されました。
今後も、子ども・子育て支援をライフワークにしていきたいと決意しています。

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