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「高畑勲展~日本のアニメーションに遺したもの~」から考える、「アニメ―ションは文化である」ということ

  • 2019/07/02 21:25

2019年7月1日、翌2日から10月6日まで、東京国立近代美術館で開催される「高畑勲展~日本のアニメーションに遺したもの~」の内覧会に、主催する東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーションからの招待を受けて参加しました。

最寄り駅の東京メトロ東西線の竹橋駅を降りるとすぐの掲示板に、「かぐや姫の物語」「アルプスの少女ハイジ」「平成狸合戦ぽんぽこ」「ホーホケキョ となりの山田くん」の作品をデザインした4枚のポスターが歓迎してくれます。

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竹橋駅の高畑勲展のポスター

高畑勲監督(1935-2018)は、1960年代から半世紀以上にわたって日本のアニメ―ション映画を制作し、監督して、それを文化へと昇華させた功労者です。
私が高畑監督と初めてお会いしたのは、東京工科大学メディア学部教授であったときに、株式会社スタジオジブリの依頼で、三鷹市立アニメ―ション美術館(三鷹の森ジブリ美術館)を運営する公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団の理事をお引き受けした時に、高畑監督も理事をされていた理事会の場でした。
三鷹市長に就任後は、同財団の副理事長として、折々にお目にかかり、お話をする機会を得てきました。

逝去された前年の2017年の秋、ジブリ美術館の館長が交代されるとのことで、私の依頼で理事会のメンバーが記念写真を撮りました。
その時、高畑監督は遠慮がちに後ろの列の端の方にいらっしゃったのが印象的です。
写真を撮ったあとの帰りがけには、「清原市長さん、いろいろと忙しいと思うので、体に気を付けてくださいね」と言ってくださいました。
ところが、私の健康を気遣ってくださっていた高畑監督は、翌年の4月、ご病気で天に召されたのです。
本当に残念で、悲しいことでした。

高畑監督の優しさを思い出しながら会場に到着したところ、午後3時からの内覧会の開始を待つ参加者はロビーにあふれていて、お会いしたジブリ美術館の安西香月館長と一緒に、「小雨の降る日にも関わらず、高畑監督とご縁のある多くの参加者がいらして、エアコンが効かないくらいの熱気ですね」と話しながら、内覧会の開始を待ちました。

3時になり、最初に挨拶をされたのは独立行政法人国立美術館東京国立近代美術館の館長に就任されたばかりの加藤敬(かとうたかし)さんです。
加藤さんは、高畑さんの作品を「アクションやファンタジーとは一線を画した日常生活の丹念な描写に支えられた豊かな人間ドラマ」であるとして、「高畑さんの代表作を時代順に紹介しながら、『演出』の視点から、多数の未公開資料によりその革新性と創造性に迫るもの」であると紹介されました。

続いて、高畑勲さんの長男である高畑耕介(たかはたこうすけ)さんが挨拶をされました。
挨拶ではまず、「この企画のお話があったとき、高畑勲さんは、アニメ―ションの演出家の仕事を美術展としてひも解くことは難しいのではないかと言っていた」と言われました。
そして、「父は創り手である前に芸術愛好家であった」こと、「受け手が自発的に自由に考えるような作品作り、作品を見る人の能動性や主体性を尊重していた」こと、監督としての仕事としては「映画を見る人々が、作品の余韻や余白を感じ、学びや発見をしていくことを尊重していた」など、身近なご家族ならではのお話をされました。
最後に、「この展覧会によって、作品自体を見直し、新しい何かを発見していただくことを期待しています」と結ばれました。

会場の入口には、大きな「かぐや姫の物語」の絵が迎えてくれます。
そこでばったり会ったのが、私の東京工科大学メディア学部教授時代の同学部1期生の教え子で、当時はスタジオジブリで「かぐや姫の物語」の制作デスクをしていた吉川俊夫さんです。
久しぶりに再会して、一緒に展示を見ることにしました。

展示会場に入ってまもなく出会ったのが、高畑監督の奥様です。
「かぐや姫の物語」が完成後まもなく、三鷹市のコミュニティ映画祭で、この映画の上映と高畑監督のトークショーが開催されました。
その時に、監督とご一緒に来られていた奥様と私は出逢っていました。
また、2018年にはジブリ美術館での高畑監督を送る会でもお目にかかっていましたことから、今回の展示についてお祝いを申しましたところ、「生前にこの企画の話があり、本人は実現は難しいのではないかと言っていたので、今回の展示の実現をきっと喜んでいると思います」と笑顔で話されました。

次に巡り合ったのがご子息の高畑耕介さんです。
耕介さんは、吉川さんが挨拶すると、「父はかぐや姫の物語の制作のチームを大変に信頼していたので、映画が完成して解散したことが残念だったようです。
機会を作って、私がその時の皆さんとゆっくり会いたい」とおっしゃいました。
吉川さんは、そのご意向を聞いてとてもうれしそうでした。

展示の中には、高畑さんの絵コンテ、ロケハンや取材メモが多くあり、いずれも、ご遺族がご自宅で発見した貴重な資料や、関係者の皆様の提供による資料だそうです。
また、高畑監督が作品について語っている映像も、いくつかのアニメ―ション作品とともに数か所で展示され、高畑さんのお話をじっくりと聴かれる方も多くいらっしゃいました。

アニメ―ション映画の半世紀の歴史を振り返るとき、その基礎にも、潮流の中にも、高畑監督が確かに存在していることを、これらの展示資料が証明していると感じました。
展示会場は原則撮影禁止ですが、撮影が許可されている展示がありました。「アルプスの少女ハイジ」のジオラマです。精巧にできたアルプスの風景を背景に、吉川さんに写真を撮っていただきました。

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「アルプスの少女ハイジ」のジオラマとともに

さらに、「じゃりン子チエ」「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」などの、日本人の戦中・戦後の経験を問い直す内容を含む多彩な展示があり、その内容は圧巻でした。
広い会場に展示されている多様で貴重な資料を前にして、これらのすべてをしっかりと理解しながら読み解くには時間がいくらあっても足りないという想いで会場を出ると、展示会場の外には、「アルプスの少女ハイジ」の家も展示されています。
懐かしい想いでいっぱいになりました。

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アルプスの少女ハイジの家

そして、ようやく出会えたのが、今回の展示に全面的に協力された株式会社スタジオジブリの中島清文社長です。
中島社長は、「高畑さんのすごいところの一つは、関わられた作品の資料をきちんと保存されていたところです。実は、亡くなられた後に、貴重な制作関係資料がご自宅から多く発見されたのですよ。その一部が有意義に展示されています。」とおっしゃいました。
中島社長はこの記事のトップに置いた高畑勲展の看板前での写真を撮ってくださいました。

今後も、こうした貴重な資料に基づいて、アニメ―ション映画の演出や制作過程についての研究が深まるように思います。

私は、今回の「高畑勲展~日本のアニメーションに遺したもの~」は、高畑監督による作品ごとの関係資料の展示を通して、まさに、私たちの日常生活の中に「アニメ―ションは文化である」ということが定着していることを確認させてくれたように思います。
何度でも訪問したくなる展覧会でした。

シンガポールで出会った女性たち(その3)シンガポール・ポスト社の役員として活躍する多数の女性たち

  • 2019/06/25 23:31

 

2019年6月11日から14日まで、私は委員を務めている「内閣官房郵政民営化委員会」の公務出張でシンガポールを訪問しました。
出張の報告については委員会として公式にまとめます。
ここでは、岩崎さんナタリアさんに続いて、この出張で出逢った女性たちについて皆様に紹介したいと思います。

シンガポール・ポスト社の役員として活躍する多数の女性たち
Vice PresidentのEvelyn Kohさん
Vice PresidentのSandy Limさん
Senior Vice PresidentのMajorie Ooiさん

6月13日、日本での日本郵便に相当するシンガポール・ポスト社を訪ねました。
出迎えてくださった6人の役員のうち、4人は女性でした。

シンガポールは国家としては建国55年ですが、郵便事業は160年の歴史を持っています。
1989年に独立採算制をとってから、1992年の民営化を経て2003年に株式上場しています。

シンガポールは現在の人口は約550万人で、毎日の郵便物は約300万通だそうです。
とはいえ、近年は郵便物数の減少傾向を踏まえて、電子商取引(Eコマース)への対応を重視しているとともに、郵便局における金融サービスの提供を重視するようになっているとのことです。

その過程で女性の役員の活躍が顕在化し、特に民営化のプロセスで活躍したのが、シンガポール・ポスト社に1989年に就職して勤続30年の国際関係担当役員でVice PresidentであるLee Hon Chewさんです。
彼女はこの間、郵便事業中心であったシンガポール・ポスト社において、扱うビジネス領域の多様化、財政の安定、そして職員が国家公務員から民間企業社員に適切に移行する方向での人財育成に力を入れてきたそうです。

勤続30年のLee Hon Chewさんと対照的に、数年前に銀行業界から転職してきたのが、郵便局ネットワークと金融担当のSenior Vice PresidentのMajorie Ooiさんと金融担当のVice PresidentのSandy Limさんです。
彼女たちは、シンガポール有数のDBS銀行やアクサ生命保険と業務提携し、国内の約半数以上の郵便局において金融サービスの提供と販売を推進してきました。

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左からSenior Vice PresidentのMajorie Ooiさん、Vice PresidentであるLee Hon Chewさん

シンガポール・ポスト社は銀行業や保険業の免許を持たないために、サービス提供範囲に制限があるわけですが、郵便局ネットワーク担当のVice PresidentであるEvelyn Kohさんは、『郵便局は日本と同様に国内各所に設置されているため、金融サービスを提供することは利用者の利便性に貢献している』と語ります。
特に、郵便局窓口におけるキャッシュレス化を進めていて、全ての郵便局において電子マネーやクレジットカード等の利用に対応しているとともに、QRコードの決裁への対応に力を入れているとのことです。

若くて、いきいきと、はつらつとして事業の説明をされる彼女たちに、シンガポール・ポスト社の風土を質問したところ、『女性がのびのびと活躍できる社風であり、今回、女性の役員が対応した役員の過半数を超える4人であったことも決して珍しいことではない』と言われました。
ご本人たちとExective Vice Presidentの Goh Hui Lingさん(男性)に了解を得て、彼女たちの写真を紹介します。

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左からVice PresidentのEvelyn Kohさん、Vice PresidentのSandy Limさん、Senior Vice PresidentのMajorie Ooiさん、清原慶子

シンガポールは、治安が安定していて、熱帯とはいえ公衆衛生も充実しており、日本とは異なり高い山がなく地震もほとんど発生しないということから、相対的に安全度の高い国であるといわれています。
実際に訪問してみたところ、まさに、中山間地のない「都市国家」であると感じました。
今後も東南アジアにおける社会経済、学術研究、外交等の要所として一層発展していくと考えます。

それと同時に、今回のシンガポール・ポスト社の訪問で出逢った役員として活躍する相対的に若い女性たちの企業のガバナンスとビジネス改革の分野における活躍の実態から、シンガポールで進んでいる「多様性(ダイバーシティ)」の息吹を感じました。

シンガポールで出会った女性たち(その2)日本語・英語・ロシア語の通訳で活躍するロシアの「言語の達人」

  • 2019/06/23 19:46

2019年6月11日から14日まで、私は委員を務めている「内閣官房郵政民営化委員会」の公務出張でシンガポールを訪問しました。
出張の報告については委員会として公式にまとめます。
ここでは、前回の岩崎さんに続いて、この出張で出逢った女性たちについて皆様に紹介したいと思います。

日本語・英語・ロシア語の通訳で活躍するロシアの「言語の達人」
株式会社BSB通訳 代表取締役社長・代表会議通訳 ゼクリア・ナタリア(Zekria・Natalia)さん

2019年6月11日から14日まで、委員を務めている「内閣官房郵政民営化委員会」の公務出張でシンガポールを訪問した際に、日本語と英語の通訳を担当していただいたのは、ゼクリア・ナタリアさんです。
ナタリアさんは、横浜市に所在する株式会社BSB通訳の代表取締役社長・代表会議通訳です。

彼女のお母様はロシア人でお父様はアフガニスタン人とのことで、複数の文化を持つ両親に育てられたからか、大学に進学するときは、モスクワ国立言語大学の通訳学部を選ばれました。
この大学の通訳学部は、日本を含む他国の一般の学部と異なり、なんと5年制で、卒業の時には修士号が与えられるそうです。
そして通訳学部では、学生は22のロシア語以外の言語の中から必ず2つの言語を選ぶことを求められるそうで、彼女は、日本語・英語・ロシア語の3か国語を選んだそうです。

ところが、日本語は大変に人気があり、日本語専攻の定員はその時は5人だけでした。まさに大きな困難があったそうです。
しかも、彼女にはそれまで、日本語と縁があるような出来事や日本人との出逢いがあったわけではないそうですが、通訳をするなら日本語を中心にしたいと強く思っていたので、熱心に日本語専攻の選考に臨んで、その年度は6人の定員となり、彼女は日本語専攻の一人として選ばれたそうです。

大学3年生の時の1992年から1993年までの1年間広島大学教育学部に留学されて、西条キャンパスで、日本語だけでなく、日本人の生活・文化・経済・地域・自然等との実際を経験し、体感して、ますます日本が好きになったとのことです。
その後、11年間に亘って独立行政法人国際協力機構(JICA)東京本部の専属通訳として日本国政府の国際協力案件に従事し、2012年にシンガポールで通訳の会社を開業され、政府・自治体及び多くの日本企業の500以上の案件を担当し、通訳されてきました。

ナタリアさんはロシア人の配偶者の仕事の関係で、2017年3月からは通訳の事業の本拠を日本に移したそうです。
現在6歳と10歳のお子さんはインターナショナル・スクールに通学されているとのことです。
日本に本拠を移されたので、今回のシンガポールでの通訳の仕事をなさるために、わざわざ日本から来ていただくことになりました。
お子さんは配偶者がみてくださっているということで、優れた通訳者であり、母親でもあるナタリアさんの活躍を実現する、配偶者の理解と支える力を感じます。

さて、ナタリアさんの通訳としての仕事ぶりですが、視察相手や郵政民営化委員会委員から繰り出される専門用語が満載の説明や質疑応答について、明瞭に、しかも極力簡潔に通訳する実力は、本当に確かなものと感じました。
しかも、長らく日本の各省庁に指名され、シンガポール政府との多くの国際会議や政府間交渉の通訳をされてこられた経験をお持ちであることから、シンガポールの実情に沿った説明力によって、私たちの理解も高まりました。

特に、初めてのシンガポール訪問となる私にとっては、視察に同行していただいた在シンガポール日本大使館の一等書記官による丁寧な説明に加えて、生活経験のある彼女によるシンガポール政府や経済界の動向についての補足的説明が役に立ちました。
通訳としてだけでなく、長くシンガポールに住んでいた経験からの生活者としての情報も役立ったのです。

彼女は通訳の専門家として私たち視察団の視察の主旨や問題意識を最大限に尊重していただく謙虚さを保ちつつ、見事な通訳技術を発揮され、滑らかなコミュニケーション能力を活かす颯爽とした姿は、女性活躍を体現される一人の専門家として、実に麗しく、頼もしいものでした。

今では陳腐な表現となっていますが、いわゆる「キャリア・ウーマン」として、日本語・英語・ロシア語の通訳の技術を活かす「言語の達人」として、医療、M&A、保険事業、交通等の幅広い分野で、複数の国家間の学術交流、国際交流や経済交渉に貢献するナタリアさんの活躍が、これからも続くことを確信しています。

シンガポールで出会った女性たち(その1)物流業界での女性活躍の星

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  • 2019/06/21 22:44

2019年6月11日から14日まで、私は委員を務めている「内閣官房郵政民営化委員会」の公務出張でシンガポールを訪問しました。
出張の報告については委員会として公式にまとめます。
ここでは、この出張で出逢った女性たちについて、皆様に紹介したいと思います。

物流業界での女性活躍の星
Toll Group グループセールス&マーケティング 日系営業統括 岩崎久美さん

シンガポールでの視察先の一つは、航空機を主体とした国際宅配便、港湾も活用した運輸、ロジスティックスサービスを扱うオーストラリアの国際輸送物流会社Toll社が、シンガポールで2017年に竣工したToll Cityという拠点と、40年以上歴史的に有意義な拠点となっているTOPSという臨海部の物流拠点でした。

Toll社は2015年5月に日本郵便株式会社によって買収され同社の子会社となった会社であり、アジア太平洋地域を中心に、50カ国1200拠点のネットワークを運営している国際的物流を担う企業です。
さて、その視察先で出会ったのが、Toll Groupのグループセールス&マーケティング部門で日系営業統括をされている岩﨑久美さんでした。

岩崎さんは、2019年の春に日系大手物流企業からToll Group に移籍され、シンガポールに駐在されています。
前職での約30年間の在職中には、国際物流を担当されオーストラリアに駐在されたこともある、男性が多い物流の世界でその名前を知られた女性の活躍を代表する方でした。

たとえば彼女は、2011年、日本の企業が国内で製造した初の商用人工衛星を、世界最大のロシアの巨大輸送機アントノフ(愛称:ルスラーン)のチャーター機に載せて、名古屋セントレア国際空港から仏領ギアナまで輸送するプロジェクトにおいて活躍されました。
当時、各国の法令調査やチャーター機の手配から始まり、運搬業務全般を担い目的地まで送り届ける担当者が、岩崎さんだったのです。

大型の人工衛星を大型の貨物機で輸送するプロジェクトを、小柄で華奢な女性が担当することで注目されましたが、繊細な電子機器であるにもかかわらず、5トンから10トンの重さの人工衛星と、打ち上げ関係物資を合計すると約50トンとの重量の物資の飛行機による輸送だったのです。
それらをクレーンで慎重に積み込む仕事は数時間に及び、その責任者として総合的なチェックをするとともに、自らその大型の貨物機に乗り込んで無事成功させたのが岩崎さんでした。

その岩崎さんを、これまでの経験を基礎にしつつ、シンガポールToll社発の、東南アジアでの物流マーケティングの仕事に駆り立てたのは、優れた日本製品を国際的に流通させたいという想いと、東南アジアの優れた製品を日本に安全に輸送したいとの想いであったと感じました。
仕事において、男性とか女性とかの区別はないと言われますが、彼女は、この30年間、男性が主導し女性活躍が少ない日本の物流の世界で、岩崎さんならではの繊細さと綿密な仕事ぶりで、国際的な信用を獲得してきました。

現在、シンガポールでは、医薬品やワイン等の保管と適切な物流を通して、信用を確保してきているということです。
日用品から人工衛星まで、私たちの安全で安心できる生活を支える基盤が物流ですから、さりげなく、なにげなく、しなやかなたたずまいの岩崎さんが発揮する、物流業界でのグループセールス&マーケティングでの女性活躍の発揮を期待したいと思います。

三鷹ネットワーク大学の設立の経過と今回の出版の意義

  • 2019/06/13 19:48

2003年4月30日に三鷹市長に就任した私は、マニフェストに示していた「三鷹ネットワーク大学・大学院(仮称)」の設立の可能性を検討する組織として、2002年に発足していた「あすのまち・三鷹」推進協議会(平成18年3月事業終了)のプロジェクトの中に、「三鷹ネットワーク大学・大学院(仮称)検討委員会」を設置しました。

そもそも、私がなぜ「三鷹ネットワーク大学・大学院(仮称)」を構想したかと申しますと、私自身が市長に就任する前に、常磐大学人間科学部、ルーテル学院大学文学部、東京工科大学メディア学部という3つの大学で教員として働いた経験から、大学と自治体の協働の重要性を強く認識していたからです。
自治体は、少子長寿化、国際化、情報化、都市化といった社会の激動に伴う諸課題に対応するために、大学研究機関の叡智が必要であるし、大学としても、大学の学問に基づく社会貢献を実現し、大学生や大学教員の研究調査のフィールドを確保するためにも、自治体との連携が重要性を増していると考えていたのです。

そこで、検討する組織の委員長には、すでに三鷹市と地域の諸課題の解決に向けた調査研究をされたご経験があるとともに、当時の法政大学総長として、大学の教学と経営の両方に責任を取る役割をされていた清成忠男先生に依頼しました。
委員会には、市内のアジア・アフリカ文化財団、杏林大学、国際基督教大学、国立天文台、ルーテル学院大学に加えて、市外の電気通信大学、東京工科大学、東京農工大学、日本女子体育大学、法政大学が参加してくださいました。

そして、2004年4月に、検討委員会より、三鷹市に対して「ネットワーク大学」設置に向けた提言書が提出されました。
それを受けて、6月に三鷹ネットワーク大学(仮称)開設協議会(会長:清成忠男法政大学総長=当時)を設置し、2005年3月に、第3回開設協議会で14の教育・研究機関と三鷹市が基本協定を締結したのです。 

さらに、5月に、アジア・アフリカ文化財団、亜細亜大学、杏林大学、国際基督教大学、国立天文台、電気通信大学、東京工科大学、東京農工大学、日商簿記三鷹福祉専門学校、日本女子体育大学、法政大学、明治大学、立教大学、ルーテル学院大学、三鷹市を正会員とする、特定非営利活動法人(NPO法人)「三鷹ネットワーク大学推進機構」(理事長:清成忠男法政大学総長=当時)の認証を東京都へ申請しました。

8月には、東京都よりNPO法人認証書を交付され、法人登記を完了し、9月の市議会定例会でNPO法人三鷹ネットワーク大学推進機構が公の施設「三鷹ネットワーク大学(以下ネット大)」の指定管理者に指定(平成17年10月~27年9月)されました。

その後、ネット大は、「民(市民)」「学(大学研究機関)」「産(産業界)」「公(市役所等の公共機関)」「官(国の機関)」がつながり、それぞれが持つ知的資源を最大限に活かして協働し、三鷹市から全国に向けて、そして、未来に向けて、地域課題の解決を含む「まちづくりの新しい扉」を開く「大学研究機関との協働の新しいカタチ」を示してきました。

創立10周年記念事業を契機として生まれた『人生100年時代の地域ケアシステム~三鷹市の地域ケア実践の検証を通して~』の本の執筆者は19名、協力者は40名を超えます。まさに、活動に基づいた多様な市民力と、協働の実践に裏付けられた本の出版となりました。

お求めは市内の本屋さん、あるいはアマゾンでもお求めいただけます。

三鷹ネットワーク大学が初めて出版した本は「人生100年時代の地域ケアシステム」

  • 2019/06/10 22:53

2019年(令和元年)5月24日、清成忠男(法政大学・元総長)監修・市川一宏(ルーテル学院大学・学長)編集代表による『人生100年時代の地域ケアシステム~三鷹市の地域ケア実践の検証を通して~』が、NPO法人三鷹ネットワーク大学推進機構(以下ネット大)の初めての出版物として刊行されました。

これは、ネット大の初代理事長でいらした清成忠男さんが、2015年10月に創立10周年を迎えた記念事業として「三鷹の地域力の創生~2025年問題をにらんで~」をテーマとする「チャレンジ提案会」を開催したことを契機に、その内容を出版したいと構想されたことに始まります。
清成先生は出版社とも交渉されましたが、その途中で、ネット大の出版事業の第一弾にしようと決意され、出版に係る費用を寄付されたのです。

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ルーテル学院大学学長・市川一宏先生と

2025年問題とは、いわゆる戦後の団塊の世代が75歳の後期高齢者になる時期の福祉課題を示します。
人生100年時代と言われるけれど、人生100年を元気に幸せに実現するためには、多世代交流と多職種連携による「地域ケア」がキーワードとなることを、本書は、多元的な角度から示しています。

本書は、

  • 序章:三鷹市における地域ケアの現状と未来への展望
  • 第1部:安心して生涯をおくることができる地域づくり
  • 第2部:互いに助け合う地域ケアの創造
  • 第3部:人生100年時代の人づくり・地域づくり

で構成されています。

そして、市川さんから私へのインタビュー「地域ケア創設への思いを語る」と、清成さんと市川さんとの対談「地域ケアの過去、現在、将来を考える」が巻末に収められています。

市川さんから私へのインタビューは、5月1日にルーテル学院大学の学長室で行われました。
4月29日の公務を最後に市長を退任して2日後の、前市長としての初仕事でした。

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ルーテル学院大学学長・市川一宏先生からのインタビュー

私は、地域ケアを構想し、それに取り組んだ経過についてを中心に話しました。
2003年、市長に初当選してすぐに、公約の「地域ケア」に取り組んだ当初は、「三鷹市における地域ケア拠点等の整備に関する調査研究会」(座長:伊藤滋・東京大学名誉教授)を設置して、住民協議会、ほのぼのネット、医師会、杏林大学などのメンバーで拠点の整備について検討しました。
けれども、拠点としては、新設しなくても、長年にわたり市民に愛され活用されてきたコミュニティ・センターがあるではないか、という思いが私にはありました。
歴史的な住民協議会の活動や社会福祉協議会の地域福祉活動である「ほのぼのネット」のきめ細かい取り組みを尊重して、地域ケアのネットワークとしてどのように連携できるかが重要な課題と認識したのです。

そこで、井の頭住民協議会に相談したところ、「手探りでいいから始めてみよう」ということになったのです。
2004年の「地域ケアネットワーク・井の頭」の設立総会の前に、住民協議会の会長から、委員になる皆さんに「生の声で市長の考えを話してほしい」と言われて30分程お話したのですが、その後、新川中原、にしみたか、東部、連雀、三鷹駅周辺、最後の2015年の大沢と、各地域のケアネットワーク組織が発足するたびに、市長から理念や期待をお話することが恒例となりました。

地域ケアネットワークは、町会・自治会・住民協議会、医師会・歯科医師会・薬剤師会等、民生・児童委員、社会福祉協議会、地域包括支援センター、地域の民間福祉施設や福祉団体等が、緩やかにネットワークをつなぐことで、支援の必要な人々への多様な支援が開始されるきっかけを提供しています。

私が、この4月まで、市長として決して急がず、地域のテンポと特徴に合わせて取り組んでいただく過程で実感したことを要約すれば、

  1. 三鷹市の7つの住民協議会の活動の歴史、そこに結び付いた町会・自治会の活動は、地域ケアの基礎として他にはない財産であるということ
  2. 人の入れ替わりの激しい三鷹市に、新しく入って来た人と定住者の交流の拠点があるという強み
  3. 杏林大学付属病院はじめ比較的大きな病院が多数存在し、医師会・歯科医師会・薬剤師会・柔道整復師会など専門家集団が連携の力となっていること
  4. 市民も長寿を支える医療機関等への信頼感を持っていること
  5. ほのぼのネット、民生児童委員、日赤奉仕団など支え合いのきめ細かいつながりがあること
  6. ルーテル学院大学等の大学やNPOとの連携によりファシリテーター養成講座や傾聴ボランティアなどの人材育成のしくみができていること

などです。

人生100年時代が、どの世代にも、健康と生きがいとを実感する機会を増やすことによって、自己達成感や自己肯定感を充足することにつなげていくために、地域ケアネットワークは、益々その意義を高めていくように思います。

令和元年度電波の日・情報通信月間記念中央式典に参加、技術革新と人間生活の調和の必要性を痛感

  • 2019/06/04 22:54

6月1日は「電波の日」、そして、毎年5月15日から6月15日は情報通信月間ということで、それを記念する中央式典が、千代田区の帝国ホテルで開催されました。
私は、一般財団法人全国地域情報化推進協議会の理事を務めていることから、主催者の石田真敏・総務大臣及び遠藤信博・情報通信月間推進協議会会長(NEC代表取締役会長)から招待状をいただいて参列しました。

電波の日は、昭和25(1950)年6月1日に電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)が施行されたことにちなみ、国民に対して電波利用に関する知識を普及啓発させる目的で、 昭和26年(1951)年電波記念日として制定されたものです。
ちなみに、私は昭和26年生まれということもあり、幼い頃から自分が生まれた年に誕生したこの電波の日に関心を持つとともに、急速に普及するラジオやテレビの放送に興味を持っていたことから、慶應義塾大学法学部政治学科2年生の時に、当時は2年生から履修することができたゼミナールで「マス・コミュニケーション」をテーマにした先生に学ぶことを選択したのです。

さて、中央式典では、「電波の日」総務大臣表彰、「情報通信月間」総務大臣表彰、情報通信月間推進協議会会長表彰、「地域発デジタルコンテンツ」総務大臣奨励賞の授賞がありました。

「電波の日」総務大臣表彰で注目したのは、一般財団法人日本コミュニティ放送協会北海道地区協議会の受賞でした。
受賞の理由は、平成30年北海道胆振東部地震に伴い、長時間の停電により「道内ブラックアウト」が発生した際、24時間体制で災害情報や生活情報の発信を続けて、被災自治体と連携して臨時災害放送局の運営サポートを行ったことについての表彰とのことでした。
電気に依存している現代社会において、停電はまさに夜の闇の「ブラック」という意味だけでなく、明るい昼間であっても市民生活の利便性を損ない、コミュニケ―ションを損ない、心身ともに健康を損なうことにつながる「ブラック」をもたらします。
だからこそ、コミュニティ放送の意義が再確認されたのです。

「情報通信月間」総務大臣表彰で注目したのは、群馬県前橋市の受賞でした。
前橋市は、マイナンバーカードを活用して、個人の医療・介護・健康データについて、個人情報を保護しつつ適切に市民や医療機関等が活用するモデル事業を実施されたり、いわゆる「電子母子手帳」の取り組みを進められています。
私は総務省の「ICT街づくり推進会議」の構成員として、前橋市を訪問し、具体劇な取り組み事例を学ばせていただいたことがあったことから、式典後の祝賀会で、山本龍・前橋市長に直接祝意を伝えることができました。

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式典後の祝賀会で、山本龍・前橋市長と

今年の情報通信月間のテーマは、「ICTで、人と地域の未来につながる、やさしい社会へ」ということです。
ICT、すなわち情報通信の技術的側面では、電気通信では5G、放送では4K8Kというように日本の技術水準は高度化しています。
さらに、電子知能(AI)の普及や、IoT:Internet of Thingsにより、インターネット経由でセンサーと通信機能を持ったモノの流通が距離を超えてモノの管理と流通を多様化してきています。

そこで、引き続き問われているのは、人間にとっての人間らしい暮らしや生き方とは何かということであり、生きる上で拠り所とする「価値」とは何かということではないでしょうか。

情報通信技術に翻弄されるのではなく、私たちが主体的に生きていく上で、情報通信技術の活かし方と負の面への対処の仕方が、引き続き問われているように思います。

※5G:2020年の実用化が目指されている第5世代移動通信システムの略称。2020年代の情報社会では、移動通信のトラフィック量は2010年と比較して、1000倍以上に増大すると予測されていることから、高速・大容量に加え、多接続、低遅延(リアルタイム)を実現し、人が持つ端末機器からIoTまで、幅広いニーズに対応できることを目指して、現在規格化が進行中です。

※4K8K:現行ハイビジョンを超える超高画質を実現する、次世代の映像規格が4K・8Kであり、2018年12月1日から「新4K8K衛星放送」が始まりました。4Kは現行ハイビジョンの4倍の画素数で、8Kは現行ハイビジョンの16倍の画素数であり、高精細で、臨場感のある映像が実現できますが、新4K8K衛星放送を受信するには、この新しい規格に対応した受信機(テレビ、チューナー等)が必要になります。

第61回全国矯正展に参加して、立ち直りを支える更生保護と再犯防止について考える

  • 2019/06/02 22:07

令和元年5月31日、皇居近くの北の丸公園内にある科学技術館で開催の「第61回全国矯正展(全国刑務所作業製品展示即売会)」を訪問しました。

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私は大学教員時代に法務省「人権擁護審議会」の委員を務めたり、市長就任後も「更生保護のあり方を考える有識者会議」等の委員を務めさせていただいたこともあり、法務事務次官から自宅宛てにご案内状をいただいて出かけたものです。

科学技術館での開催が適切と感じられたのは、全国刑務所作業製品審査会コーナーに展示されている、法務大臣賞やこの事業を共催している公益財団法人矯正協会長賞を受賞している作品が優れていることからです。

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法務大臣賞及び矯正協会長賞を受賞した製品展示

そして、私が特に目を引かれたのは、「少年院・少年鑑別所広報コーナー」の「教育作品・職業指導作品」の展示と、「平成30年度少年院映像表現コンクール」の「自己責任」をテーマとした優秀作品の映像でした。
何らかの理由があって非行に走った少年たちの自省と立ち直りの兆しを感じさせる作品に心を打たれました。

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少年院・少年鑑別所の教育作品・職業指導作品の展示

また、特定非営利活動法人いのちのミュージアムの皆様による、「生命のメッセージ展」にも注目せざるを得ませんでした。
犯罪・事故・いじめ等によって、理不尽に命を奪われた犠牲者が主役のアート展です。

犠牲者一人ひとりの等身大の人型パネルは、その胸元に本人の写真や家族の言葉が貼られており、足元には生きた証である靴が置かれています。
被害者のご遺族の皆様は、犯罪や非行をした人たちに矯正施設で体験を話されてもいます。
展示されている被害者のご遺族のお一人からも、お話を伺うことができました。

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被害者の等身大の人型パネル

私は更生保護女性会のメンバーになって久しいのですが、この催しを通して、改めて「犯罪や非行を防止し、立ち直りを支える地域のチカラ」をめざす「社会を明るくする運動」の意義を再確認しました。

私は徳島刑務所で製作された、深い藍色が魅力の藍染の肩掛けバッグを購入しました。

都電荒川線に乗って、荒川区役所を訪問

  • 2019/05/31 00:26

三鷹市で多くの名作を書き残した作家の吉村昭さんは、荒川区のお生まれです。
そこで、荒川区の西川太一郎区長とは吉村昭さんの顕彰事業や吉村昭さんの奥様の作家・津村節子さんの顕彰事業に関するご縁から、いろいろとお話をする機会をもってきました。

西川区長は、これまで8年にわたり東京都特別区長会の会長をおつとめであり、私は三鷹市長に16年間在任中の最近の4年間は東京都市長会の副会長を務めていた関係で、市区長会の役員同士としての対話も多く交わしてきました。
また、特別区長会の会長は、東京都後期高齢者医療広域連合の連合長を務められており、私はこの数年間、東京都市長会から選出されて広域連合の理事を務めていましたので、医療保険の持続可能性とサービス内容の充実についても多くの協議をさせていただいてきました。

5月30日の午前中、私が三鷹市長を退任した挨拶と共に、西川区長が長きにわたり務められた区長会の会長を退任されたことに感謝を述べたいと思い、荒川区役所を訪問しました。

三鷹市から荒川区役所に行く交通ルートは多くありますが、今回は山手線の大塚駅前から都内に一路線だけ残る「都電荒川線(愛称:東京さくらトラム)」に乗って「荒川区役所前」まで、向かうことにしました。

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荒川区役所

都電が走る荒川区、北区、豊島区の住民の皆様はボランティアで沿線のバラを育てています。
たとえば荒川区の沿線にはバラが140種、約1万3千株も植栽され、春と秋のバラの咲く季節には、三ノ輪橋、荒川二丁目、荒川遊園地前の各停留場周辺、荒川二丁目南公園の花壇等に見事に咲く花が多くの人たちを楽しませているとのことです。

そして、5月7日から5月末日までは「都電バラ号」の運行もしているとのことですが、私が乗ったのは「都電落語会」の車両でした。
個性的な車両の運行も都電の魅力の一つと言えるかもしれません。

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都電落語会の車両

さて、西川区長は、東京都特別区長会の会長でいらした昨年度、2018年6月に「特別区長会調査研究機構」を設立されました。
要綱によれば、本機構は「特別区や地方行政に係わる課題等について、大学その他の研究機関や国、地方自治体と連携して調査研究を行い、特別区長会における諸課題の検討に資するとともに、特別区の発信力を高めることを目的とする」組織です。

私は昨年度、神野直彦日本社会事業大学学長/東京大学名誉教授、大森彌東京大学名誉教授、宮本みち子放送大学/千葉大学名誉教授、青山佾明治大学名誉教授をはじめとする皆様とご一緒に、本機構の顧問という役割をいただきました。
(リンク:特別区長会調査研究機構顧問メッセージ

市長に就任する前の大学教員時代に、当時の特別区協議会で、特別区の基礎自治体化についての議論に参加していたことなどのご縁もあり、今後も特別区の政策課題の調査研究にご協力することを通して自治の推進に貢献したいと、本機構のいわば「産みの親」である西川区長と話し合いました。

なお、荒川区長の訪問を終えて、すぐお隣にある荒川消防署に、昨年9月まで三鷹消防署長を務めていらした秋葉洋一署長をお訪ねしました。
三鷹消防署長のご経験を活かして、木造住宅密集地域が多い荒川区での防火防災に努められ、火災が減少しているとの嬉しいご報告を受け、三鷹消防署長ご経験者のご活躍を心強く思い、荒川区を後にしました。

東日本大震災の被災地福島県相馬市を訪問(3)

  • 2019/05/28 19:57
緑の超高速─東北新幹線はやぶさの魅力

5月22日から23日まで、福島県相馬市を訪問しました。

東日本大震災が発生した2011年3月11日の直前の3月5日に、私はJR東日本から招待状をいただいて、東北新幹線はやぶさの試乗会に出席しました。
当日は、大宮から仙台の往復で日帰りでした。
まさに、東京から仙台の日帰り圏が再確認された試乗会でした。
はやぶさが瞬間的に時速300キロを超す時、説明のアナウンスが入ったのを覚えています。

そして間もなく、東日本大震災が発生したのです。
その年の5月に、私は友好市の遠野市と仙台市を義援金を携えてお見舞いの訪問をしました。

その時は、まだ三鷹市でも余震が続いていたことから、はやぶさを利用して2市のお見舞いをしつつも、災害対策本部長として日帰りで三鷹に戻ったのです。
今回は1泊2日の相馬市訪問でしたが、8年振りに乗ったはやぶさには、高速の公共交通機関として、復興牽引役の一つになってほしいと願わずにいはいられませんでした。

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