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三鷹ネットワーク大学が初めて出版した本は「人生100年時代の地域ケアシステム」

  • 2019/06/10 22:53

2019年(令和元年)5月24日、清成忠男(法政大学・元総長)監修・市川一宏(ルーテル学院大学・学長)編集代表による『人生100年時代の地域ケアシステム~三鷹市の地域ケア実践の検証を通して~』が、NPO法人三鷹ネットワーク大学推進機構(以下ネット大)の初めての出版物として刊行されました。

これは、ネット大の初代理事長でいらした清成忠男さんが、2015年10月に創立10周年を迎えた記念事業として「三鷹の地域力の創生~2025年問題をにらんで~」をテーマとする「チャレンジ提案会」を開催したことを契機に、その内容を出版したいと構想されたことに始まります。
清成先生は出版社とも交渉されましたが、その途中で、ネット大の出版事業の第一弾にしようと決意され、出版に係る費用を寄付されたのです。

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ルーテル学院大学学長・市川一宏先生と

2025年問題とは、いわゆる戦後の団塊の世代が75歳の後期高齢者になる時期の福祉課題を示します。
人生100年時代と言われるけれど、人生100年を元気に幸せに実現するためには、多世代交流と多職種連携による「地域ケア」がキーワードとなることを、本書は、多元的な角度から示しています。

本書は、

  • 序章:三鷹市における地域ケアの現状と未来への展望
  • 第1部:安心して生涯をおくることができる地域づくり
  • 第2部:互いに助け合う地域ケアの創造
  • 第3部:人生100年時代の人づくり・地域づくり

で構成されています。

そして、市川さんから私へのインタビュー「地域ケア創設への思いを語る」と、清成さんと市川さんとの対談「地域ケアの過去、現在、将来を考える」が巻末に収められています。

市川さんから私へのインタビューは、5月1日にルーテル学院大学の学長室で行われました。
4月29日の公務を最後に市長を退任して2日後の、前市長としての初仕事でした。

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ルーテル学院大学学長・市川一宏先生からのインタビュー

私は、地域ケアを構想し、それに取り組んだ経過についてを中心に話しました。
2003年、市長に初当選してすぐに、公約の「地域ケア」に取り組んだ当初は、「三鷹市における地域ケア拠点等の整備に関する調査研究会」(座長:伊藤滋・東京大学名誉教授)を設置して、住民協議会、ほのぼのネット、医師会、杏林大学などのメンバーで拠点の整備について検討しました。
けれども、拠点としては、新設しなくても、長年にわたり市民に愛され活用されてきたコミュニティ・センターがあるではないか、という思いが私にはありました。
歴史的な住民協議会の活動や社会福祉協議会の地域福祉活動である「ほのぼのネット」のきめ細かい取り組みを尊重して、地域ケアのネットワークとしてどのように連携できるかが重要な課題と認識したのです。

そこで、井の頭住民協議会に相談したところ、「手探りでいいから始めてみよう」ということになったのです。
2004年の「地域ケアネットワーク・井の頭」の設立総会の前に、住民協議会の会長から、委員になる皆さんに「生の声で市長の考えを話してほしい」と言われて30分程お話したのですが、その後、新川中原、にしみたか、東部、連雀、三鷹駅周辺、最後の2015年の大沢と、各地域のケアネットワーク組織が発足するたびに、市長から理念や期待をお話することが恒例となりました。

地域ケアネットワークは、町会・自治会・住民協議会、医師会・歯科医師会・薬剤師会等、民生・児童委員、社会福祉協議会、地域包括支援センター、地域の民間福祉施設や福祉団体等が、緩やかにネットワークをつなぐことで、支援の必要な人々への多様な支援が開始されるきっかけを提供しています。

私が、この4月まで、市長として決して急がず、地域のテンポと特徴に合わせて取り組んでいただく過程で実感したことを要約すれば、

  1. 三鷹市の7つの住民協議会の活動の歴史、そこに結び付いた町会・自治会の活動は、地域ケアの基礎として他にはない財産であるということ
  2. 人の入れ替わりの激しい三鷹市に、新しく入って来た人と定住者の交流の拠点があるという強み
  3. 杏林大学付属病院はじめ比較的大きな病院が多数存在し、医師会・歯科医師会・薬剤師会・柔道整復師会など専門家集団が連携の力となっていること
  4. 市民も長寿を支える医療機関等への信頼感を持っていること
  5. ほのぼのネット、民生児童委員、日赤奉仕団など支え合いのきめ細かいつながりがあること
  6. ルーテル学院大学等の大学やNPOとの連携によりファシリテーター養成講座や傾聴ボランティアなどの人材育成のしくみができていること

などです。

人生100年時代が、どの世代にも、健康と生きがいとを実感する機会を増やすことによって、自己達成感や自己肯定感を充足することにつなげていくために、地域ケアネットワークは、益々その意義を高めていくように思います。

令和元年度電波の日・情報通信月間記念中央式典に参加、技術革新と人間生活の調和の必要性を痛感

  • 2019/06/04 22:54

6月1日は「電波の日」、そして、毎年5月15日から6月15日は情報通信月間ということで、それを記念する中央式典が、千代田区の帝国ホテルで開催されました。
私は、一般財団法人全国地域情報化推進協議会の理事を務めていることから、主催者の石田真敏・総務大臣及び遠藤信博・情報通信月間推進協議会会長(NEC代表取締役会長)から招待状をいただいて参列しました。

電波の日は、昭和25(1950)年6月1日に電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)が施行されたことにちなみ、国民に対して電波利用に関する知識を普及啓発させる目的で、 昭和26年(1951)年電波記念日として制定されたものです。
ちなみに、私は昭和26年生まれということもあり、幼い頃から自分が生まれた年に誕生したこの電波の日に関心を持つとともに、急速に普及するラジオやテレビの放送に興味を持っていたことから、慶應義塾大学法学部政治学科2年生の時に、当時は2年生から履修することができたゼミナールで「マス・コミュニケーション」をテーマにした先生に学ぶことを選択したのです。

さて、中央式典では、「電波の日」総務大臣表彰、「情報通信月間」総務大臣表彰、情報通信月間推進協議会会長表彰、「地域発デジタルコンテンツ」総務大臣奨励賞の授賞がありました。

「電波の日」総務大臣表彰で注目したのは、一般財団法人日本コミュニティ放送協会北海道地区協議会の受賞でした。
受賞の理由は、平成30年北海道胆振東部地震に伴い、長時間の停電により「道内ブラックアウト」が発生した際、24時間体制で災害情報や生活情報の発信を続けて、被災自治体と連携して臨時災害放送局の運営サポートを行ったことについての表彰とのことでした。
電気に依存している現代社会において、停電はまさに夜の闇の「ブラック」という意味だけでなく、明るい昼間であっても市民生活の利便性を損ない、コミュニケ―ションを損ない、心身ともに健康を損なうことにつながる「ブラック」をもたらします。
だからこそ、コミュニティ放送の意義が再確認されたのです。

「情報通信月間」総務大臣表彰で注目したのは、群馬県前橋市の受賞でした。
前橋市は、マイナンバーカードを活用して、個人の医療・介護・健康データについて、個人情報を保護しつつ適切に市民や医療機関等が活用するモデル事業を実施されたり、いわゆる「電子母子手帳」の取り組みを進められています。
私は総務省の「ICT街づくり推進会議」の構成員として、前橋市を訪問し、具体劇な取り組み事例を学ばせていただいたことがあったことから、式典後の祝賀会で、山本龍・前橋市長に直接祝意を伝えることができました。

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式典後の祝賀会で、山本龍・前橋市長と

今年の情報通信月間のテーマは、「ICTで、人と地域の未来につながる、やさしい社会へ」ということです。
ICT、すなわち情報通信の技術的側面では、電気通信では5G、放送では4K8Kというように日本の技術水準は高度化しています。
さらに、電子知能(AI)の普及や、IoT:Internet of Thingsにより、インターネット経由でセンサーと通信機能を持ったモノの流通が距離を超えてモノの管理と流通を多様化してきています。

そこで、引き続き問われているのは、人間にとっての人間らしい暮らしや生き方とは何かということであり、生きる上で拠り所とする「価値」とは何かということではないでしょうか。

情報通信技術に翻弄されるのではなく、私たちが主体的に生きていく上で、情報通信技術の活かし方と負の面への対処の仕方が、引き続き問われているように思います。

※5G:2020年の実用化が目指されている第5世代移動通信システムの略称。2020年代の情報社会では、移動通信のトラフィック量は2010年と比較して、1000倍以上に増大すると予測されていることから、高速・大容量に加え、多接続、低遅延(リアルタイム)を実現し、人が持つ端末機器からIoTまで、幅広いニーズに対応できることを目指して、現在規格化が進行中です。

※4K8K:現行ハイビジョンを超える超高画質を実現する、次世代の映像規格が4K・8Kであり、2018年12月1日から「新4K8K衛星放送」が始まりました。4Kは現行ハイビジョンの4倍の画素数で、8Kは現行ハイビジョンの16倍の画素数であり、高精細で、臨場感のある映像が実現できますが、新4K8K衛星放送を受信するには、この新しい規格に対応した受信機(テレビ、チューナー等)が必要になります。

第61回全国矯正展に参加して、立ち直りを支える更生保護と再犯防止について考える

  • 2019/06/02 22:07

令和元年5月31日、皇居近くの北の丸公園内にある科学技術館で開催の「第61回全国矯正展(全国刑務所作業製品展示即売会)」を訪問しました。

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私は大学教員時代に法務省「人権擁護審議会」の委員を務めたり、市長就任後も「更生保護のあり方を考える有識者会議」等の委員を務めさせていただいたこともあり、法務事務次官から自宅宛てにご案内状をいただいて出かけたものです。

科学技術館での開催が適切と感じられたのは、全国刑務所作業製品審査会コーナーに展示されている、法務大臣賞やこの事業を共催している公益財団法人矯正協会長賞を受賞している作品が優れていることからです。

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法務大臣賞及び矯正協会長賞を受賞した製品展示

そして、私が特に目を引かれたのは、「少年院・少年鑑別所広報コーナー」の「教育作品・職業指導作品」の展示と、「平成30年度少年院映像表現コンクール」の「自己責任」をテーマとした優秀作品の映像でした。
何らかの理由があって非行に走った少年たちの自省と立ち直りの兆しを感じさせる作品に心を打たれました。

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少年院・少年鑑別所の教育作品・職業指導作品の展示

また、特定非営利活動法人いのちのミュージアムの皆様による、「生命のメッセージ展」にも注目せざるを得ませんでした。
犯罪・事故・いじめ等によって、理不尽に命を奪われた犠牲者が主役のアート展です。

犠牲者一人ひとりの等身大の人型パネルは、その胸元に本人の写真や家族の言葉が貼られており、足元には生きた証である靴が置かれています。
被害者のご遺族の皆様は、犯罪や非行をした人たちに矯正施設で体験を話されてもいます。
展示されている被害者のご遺族のお一人からも、お話を伺うことができました。

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被害者の等身大の人型パネル

私は更生保護女性会のメンバーになって久しいのですが、この催しを通して、改めて「犯罪や非行を防止し、立ち直りを支える地域のチカラ」をめざす「社会を明るくする運動」の意義を再確認しました。

私は徳島刑務所で製作された、深い藍色が魅力の藍染の肩掛けバッグを購入しました。

都電荒川線に乗って、荒川区役所を訪問

  • 2019/05/31 00:26

三鷹市で多くの名作を書き残した作家の吉村昭さんは、荒川区のお生まれです。
そこで、荒川区の西川太一郎区長とは吉村昭さんの顕彰事業や吉村昭さんの奥様の作家・津村節子さんの顕彰事業に関するご縁から、いろいろとお話をする機会をもってきました。

西川区長は、これまで8年にわたり東京都特別区長会の会長をおつとめであり、私は三鷹市長に16年間在任中の最近の4年間は東京都市長会の副会長を務めていた関係で、市区長会の役員同士としての対話も多く交わしてきました。
また、特別区長会の会長は、東京都後期高齢者医療広域連合の連合長を務められており、私はこの数年間、東京都市長会から選出されて広域連合の理事を務めていましたので、医療保険の持続可能性とサービス内容の充実についても多くの協議をさせていただいてきました。

5月30日の午前中、私が三鷹市長を退任した挨拶と共に、西川区長が長きにわたり務められた区長会の会長を退任されたことに感謝を述べたいと思い、荒川区役所を訪問しました。

三鷹市から荒川区役所に行く交通ルートは多くありますが、今回は山手線の大塚駅前から都内に一路線だけ残る「都電荒川線(愛称:東京さくらトラム)」に乗って「荒川区役所前」まで、向かうことにしました。

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荒川区役所

都電が走る荒川区、北区、豊島区の住民の皆様はボランティアで沿線のバラを育てています。
たとえば荒川区の沿線にはバラが140種、約1万3千株も植栽され、春と秋のバラの咲く季節には、三ノ輪橋、荒川二丁目、荒川遊園地前の各停留場周辺、荒川二丁目南公園の花壇等に見事に咲く花が多くの人たちを楽しませているとのことです。

そして、5月7日から5月末日までは「都電バラ号」の運行もしているとのことですが、私が乗ったのは「都電落語会」の車両でした。
個性的な車両の運行も都電の魅力の一つと言えるかもしれません。

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都電落語会の車両

さて、西川区長は、東京都特別区長会の会長でいらした昨年度、2018年6月に「特別区長会調査研究機構」を設立されました。
要綱によれば、本機構は「特別区や地方行政に係わる課題等について、大学その他の研究機関や国、地方自治体と連携して調査研究を行い、特別区長会における諸課題の検討に資するとともに、特別区の発信力を高めることを目的とする」組織です。

私は昨年度、神野直彦日本社会事業大学学長/東京大学名誉教授、大森彌東京大学名誉教授、宮本みち子放送大学/千葉大学名誉教授、青山佾明治大学名誉教授をはじめとする皆様とご一緒に、本機構の顧問という役割をいただきました。
(リンク:特別区長会調査研究機構顧問メッセージ

市長に就任する前の大学教員時代に、当時の特別区協議会で、特別区の基礎自治体化についての議論に参加していたことなどのご縁もあり、今後も特別区の政策課題の調査研究にご協力することを通して自治の推進に貢献したいと、本機構のいわば「産みの親」である西川区長と話し合いました。

なお、荒川区長の訪問を終えて、すぐお隣にある荒川消防署に、昨年9月まで三鷹消防署長を務めていらした秋葉洋一署長をお訪ねしました。
三鷹消防署長のご経験を活かして、木造住宅密集地域が多い荒川区での防火防災に努められ、火災が減少しているとの嬉しいご報告を受け、三鷹消防署長ご経験者のご活躍を心強く思い、荒川区を後にしました。

東日本大震災の被災地福島県相馬市を訪問(3)

  • 2019/05/28 19:57
緑の超高速─東北新幹線はやぶさの魅力

5月22日から23日まで、福島県相馬市を訪問しました。

東日本大震災が発生した2011年3月11日の直前の3月5日に、私はJR東日本から招待状をいただいて、東北新幹線はやぶさの試乗会に出席しました。
当日は、大宮から仙台の往復で日帰りでした。
まさに、東京から仙台の日帰り圏が再確認された試乗会でした。
はやぶさが瞬間的に時速300キロを超す時、説明のアナウンスが入ったのを覚えています。

そして間もなく、東日本大震災が発生したのです。
その年の5月に、私は友好市の遠野市と仙台市を義援金を携えてお見舞いの訪問をしました。

その時は、まだ三鷹市でも余震が続いていたことから、はやぶさを利用して2市のお見舞いをしつつも、災害対策本部長として日帰りで三鷹に戻ったのです。
今回は1泊2日の相馬市訪問でしたが、8年振りに乗ったはやぶさには、高速の公共交通機関として、復興牽引役の一つになってほしいと願わずにいはいられませんでした。

東日本大震災の被災地福島県相馬市を訪問(2)

  • 2019/05/27 21:06
消防団員はじめ多くの命を奪った津波の現場

5月22日から23日まで、福島県相馬市を訪問しました。

決して忘れてはならないことがあります。
決して忘れないように、現場に刻むべき事実があります。

津波の被害で多くの犠牲者が出た磯辺地区にある相馬市鎮魂祈念館、その隣地には、津波に流されずに残った松と藤の花の横に慰霊碑があります。
海辺の市民を救出するために活動して津波に飲まれた10名の消防団員の顕彰碑があります。

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津波に流されずに残った松と藤の花の横に慰霊碑

津波の被害があった地域には約5千4百人以上が住んでいましたが、458名が死亡しました。
殉職した消防団員を含む消防団員の活躍により、被害を最小限にとどめられたものと拝察します。
ご遺族のお悲しみ、友人や関係者のお悲しみを思いますと、お慰めのことばは全くみつかりません。

東日本大震災に関わった皆様の事実を基礎に、大きな被災と犠牲があったことを決して忘れないこと、心に刻むこと、次の津波に備えること、そのことを噛みしめながら、慰霊碑と消防団顕彰碑を訪ねました。
犠牲となられた皆様に心からの哀悼のまことを捧げます。
ご遺族様のお心のご平安をお祈りいたします。改めて、心に刻みます。

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10名の消防団員の顕彰碑に献花しました

東日本大震災の被災地福島県相馬市を訪問(1)

  • 2019/05/26 10:06
命を守る公共施設の「廊下の広さ」

5月22日から23日まで、福島県相馬市を訪問しました。

相馬市の立谷秀清市長は、昨年の6月から全国市長会の会長を務めていらっしゃり、私が特命副会長として「子ども子育て支援施策」を中心にお支えしてきた方です。
それ以前の2016年6月から2018年6月までは、お互いに副会長同士として政策研究や国への要請行動をご一緒してきました。
今回は、三鷹市長退任のあいさつと共に、東日本大震災の被災地である相馬市を視察させていただきたいと訪問したのでした。

まず、相馬市の立谷市長を表敬訪問したのは、東日本大震災後の2014年9月から建設が開始され、2016年10月に竣工した相馬市庁舎です。
旧庁舎で業務を継続する中で、現市庁舎は旧市民会館跡地に建設され、鉄筋コンクリート造り地上4階建て、延べ床面積が9,534.17㎡であり、市立中村第一小学校や相馬スポーツアリーナ、相馬市民会館などの公共施設と同様、和風建築をイメージした外観が特徴です。

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相馬市役所3階の美術館のように多数の絵画頑張って展示されている廊下

建物は、東日本大震災の際の経験と教訓を生かしています。高い建物ではなく、4階建てです。
そして、市庁舎の廊下のみならず、隣接の市立中村第一小学校の木造校舎や復興長屋住宅を訪問しましたところ、廊下は一般的な施設よりも幅員が広かったことが印象的です。

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相馬市立中村第一小学校の廊下
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相馬市「相馬井戸端長屋(災害公営住宅)」の廊下

地震の発生などのいざという時に、市民の皆様にとっては市庁舎の廊下も、小学校の廊下も、復興長屋の廊下も、安全を確保した快適な居場所とすることができる幅員の広さではないかと感じました。

廊下も含めて、ゆとりがある公共施設を視察して、市民の皆様の自助・共助のとりくみを保障するために、公助の拠点の在り方のヒントを得たように思います。

にっぽん子ども・子育て応援団結成10周年記念フォーラムに話題提供者として参加

  • 2019/05/19 23:19

私は、三鷹市長として多くの政策課題に直面し、対応してきました。
中でも「子ども・子育て支援」は、私にとって極めて深い問題意識をもって臨んできただけではなく、その課題解決に向けて、多くの政策提案と制度設計の機会を持ってきました。

私が二人目の子ども(次女)を出産した平成元(1989)年は、いわゆる「1.57ショック」が注目された年でした。
一人の女性が一生涯にわたって産む子どもの数の推計値である「合計特殊出生率」が、極めて低い数値になったからです。
その後、国は、「エンゼルプラン」「新エンゼルプラン」をはじめとして多くの少子化対策を進めましたが、少子化はなかなか止まりはしませんでした。

2003年4月に、私が三鷹市長に初めて就任した直後の7月に「少子化対策基本法」が制定され、2期目に就任した2007年に官邸から「子どもと家族を応援する日本重点戦略会議」の構成員に指名され、12月の重点戦略のとりまとめに加わりました。

その直後に、厚生労働省社会保障審議会に「少子化対策特別部会」が設置され、全国市長会推薦の委員として、家庭的保育(保育ママさん)の制度の改善などをはじめ議論に加わりました。
その過程で、今後、国及び自治体が子ども・子育て施策の充実を図るとともに、その財源確保を推進することを目標に、2009年5月に設立された「にっぽん子育て応援団(現在のにっぽん子ども・子育て応援団)」に企画委員として参画しました。

その後、内閣府に設置された「子ども子育て支援新制度」の構築に向けて設置された「基本制度ワーキングチーム」「幼保一体化ワーキングチーム」の構成員に就任し、2012年8月の「子ども・子育て関連三法」の成立に向けた基礎自治体としての意見を表明してきました。
法成立後は、2013年に法に基づいて設置された内閣府「子ども・子育て会議」の構成員を2015年4月の本格施行まで務めました。
この2年間において、市町村が実施主体であること、施設型給付と地域型保育給付の創設、認定こども園制度の改善、公定価格の考え方、母子保健の充実などに関する濃密な議論に参画しました。

こうした経過の中にあって、にっぽん子育て応援団のフォーラムや研究会にも、基礎自治体の市区町村長が積極的に参加するようになりました。
私は、3年前からは東京都市長会推薦で、東京都の「子供子育て会議」の委員を務めてきました。
2016年6月からは、全国市長会の会長特命の「子ども・子育て支援施策担当副会長」を務めて、この1年間は「幼児教育・保育の無償化」を国と地方の協議の場等を通じて協議に参画してきました。

三鷹市の実践としては、妊娠期からの切れ目のない子育て支援としての、妊娠届を提出されたすべての妊婦さんの保健師・助産師等による全員面接「ゆりかご面接」から始まる「ウエルカム・ベビー・プロジェクト」を推進してきました。
パソコンやスマートフォンを利用したプッシュ型の情報提供サービス「ゆりかごスマイル」、出産後のケアのデイサービス「ゆりかごプラス」などを通して、心身ともに極めてデリケートな時期を支えていく仕組みが具体化してきました。

第3分科会では、応援団長の一人である樋口恵子さんのコーディネートのもと、東日本大震災の被災地である岩手県遠野市の本田市長、昨年の西日本7月豪雨の被災地である岡山県総社市の片岡市長、首長で初めての育児休暇を取得された文京区の広澤区長とご一緒に話題提供を行いました。

2019051904.png第三分科会で話題提供

フォーラムの最後の全体会では、「すべての子どもたちが、慈しみと支え合いの中で育つための環境整備を」と題するアピールが採択されました。
今後も、子ども・子育て支援をライフワークにしていきたいと決意しています。

新川中原住民協議会主催「コミュニティまつり」で起震車を体験

  • 2019/05/19 09:44

五月晴れの土曜日、新川中原住民協議会主催「コミュニティまつり」を訪ねました。
例年は4月に実施されているコミュニティまつりですが、今年は4月に市議会議員選挙・市長選挙があったので、5月の開催となりました。

コミュニティセンター隣接のあおやぎ広場では、主として「安全・安心」をテーマに、パトカー、三鷹消防署のはしご車、消防団のポンプ車が展示され、乗車体験が行われています。
また、火災の煙を体験できるコーナーや地震の揺れの体験ができる起震車がありました。

2019/05/19|起震車揺れを待機起震車揺れを待機

市長在職時は、市民の皆様の体験の機会を優先したいとの思いから、行列のある時は体験を遠慮してきた起震車ですが、今回は市長職を退任し、地域住民として参加しましたので、私は皆さんとご一緒に長い行列に並んで起震車を体験しました。
最近も、宮崎県の日向灘を震源とする地震や岩手県沖を震源とする地震が発生しており、首都圏での発生も懸念されています。

平成23年(2011年3月11日に発生した地震は、三鷹市で「震度5弱」でした。
地震発生の午後2時46分は、ちょうど市議会の次年度の予算審査特別委員会を開会中でした。
あまりの大きな揺れが長く続きましたので、私は机の下に身を隠して揺れを凌ぎました。
そして、携帯電話に入ってきた「東北地方で震度7、大津波警報が発令」との速報を伊藤俊明委員長に伝えました。
委員長は、直ちに休憩にするので、災害対策本部長である市長は、直ちに対応をしてくださいとのことでした。
私は急いで庁内及び体育館等の被害状況を確認したうえで、放送室に向かい、自らマイクをとって、地震の状況を伝えました。

要約すると、

「ご来庁の市民の皆様、ただいま、東北地方で震度7の地震が発生し、三鷹市では震度5弱でした。庁内では書棚が倒れるなど一定の被害が出ていますので、皆様、余震等にお気をつけて、落ち着いて帰宅してください。職員に連絡します。まもなく、災害対策本部会議を開きますので、直ちに部長の皆さんは参集してください。」

と連絡しました。

もちろん、原稿など用意するのではなく、大きな揺れで、動揺している市民の皆様、職員の皆さんに当時の最新の情報を伝えて、落ち着いて行動していただくようにとの想いで行動しました。
その後、保育園や学校の児童・生徒の安全確保や帰宅困難者対策など、それまでの防災訓練だけでは対応できない事態に対応する日々が始まったのです。

さて、起震車では東日本大震災の三鷹市での震度を上回る「震度5強」の体験でした。
普通に立っているとまったく不安定で、机の下に身を隠して安全確保をしようとしましたが、指導員の方から「もっと体を入れてください」と声をかけていただくほどに「頭隠して尻隠さず」という諺(ことわざ)通りの姿でした。

2019/05/19|起震車で頭かくして尻隠さず
起震車で頭かくして尻隠さず

一定の揺れを体験して、起震車を離れようとするとき、指導員の方から確認が入りました。

「もしも、震災時に家を離れて避難するときに、することは?」

との質問です。

「しっかり電気のブレーカーを下げて離れます」

と起震車の壁に付いているブレーカーを下すと、「正解です」と声がかかりました。

当日、大人の皆さんだけの体験の際には、なんと「震度6弱」の体験をされていました。
その揺れを見ていますと、体を支えるのが精いっぱいのご様子で、高いところに置いてあるマットレスが落ちてきます。
やわらかいものですので、被害はありませんが、高いところの固いものが落ちてきたら、それだけでケガを負うことになるでしょう。
我が家の自分の部屋の状況を再確認すると、高いところに重いもの、固いものが置いてあります。
書棚などの家具には転倒防止装置を付けてありますが、壁の絵画や家族写真の額が安全であるかを再検討する必要があります。

災害対策本部長の役割と責務を離れて、毎日の緊張感はやや緩んでいますが、災害はいつやってくるかわかりません。
新川中原コミュニティまつりで、改めて、地域の安全安心は、一人ひとりの意識と防災対策、そして、一軒一軒の住宅の防災に向けた安全確保、それを啓発していただく住民協議会や自主防災組織の働きかけが不可欠であることを再確認しました。

「鈴木敏夫とジブリ展」から再確認した言葉と文字の力

  • 2019/05/12 22:54

5月7日、平成から令和への移行時の10連休明けの日に、神田明神文化交流館内の神田明神ホールで開催中の「鈴木敏夫とジブリ展」を訪問しました。
連休中は大混雑との報道があり連休明けに来館しましたが、入り口には大行列ができており、館内も多世代の来館者で混雑していました。

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鈴木敏夫さんは、申すまでもなく多くのジブリ作品を制作されたスタジオジブリの代表取締役プロデューサーです。
この展覧会は、鈴木さんの言葉と鈴木さんによる書画を通して、スタジオジブリの数多くの作品の魅力や制作過程を再認識し、趣向を変えてジブリの作品を楽しむように展示されています。

この展覧会を通して、鈴木さんは、宮崎駿監督や高畑勲監督のアニメーション映画の製作責任者として加わるだけでなく、作品の広報のためのキャッチコピーを考案されたり、実際にポスターに題字や説明の文字を書かれることで、作品の魅力やメッセージを伝える過程でも大活躍をされていたことがわかりました。
鈴木さんは、宮崎駿監督と会われる前は、人とお話をされるときにメモ代わりに絵を描くことが多かったそうですが、同様にメモ代わりに絵を描かれる宮崎監督と出会われてからは、絵ではなく文字で、それも筆で書として書かれることが多くなられたとのことです。

その文字と書が溢れた展覧会場には3か所のみ撮影を許可された場所があり、その一つは、『千と千尋の神隠し』に登場した湯屋「油屋」の湯婆婆の部屋でした。
その部屋で、60代の私ですので止せばよかったのに、若い皆さんの動作につられて、ついつい「恋愛おみくじ」を引きましたら、なんと「大凶」でした。
そこで、鈴木さんが書かれた「令和」の文字の前で「大凶」なのは恋愛運だけにしていただこうと記念写真を撮りました。
そのおみくじには「どうにもならないことはどうにもならん。どうにかなることはどうにかなる。」と鈴木さんの文字がくっきりと書かれています。
まさに、その通りです。

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観覧した後で、角川書店から刊行されているこの展覧会の公式読本『人生は単なる空騒ぎ―言葉の魔法―』という本を求めましたら、巻頭に「人は言葉でモノを考える。言葉で考えを組み立てる。声に出すと、考えが自分の作った言葉に支配される。言葉はかく面白い。」と鈴木さんの個性あふれる文字で書かれていました。

私は大学で教員として、研究者として仕事をしていたとき、「言語は思考を規定する」ことを痛感してきました。
日本語で思考するとき、外国語の論文を読みながら思考するとき、言語、言葉、語彙は、まさに人の考え方に影響をもたらすものであり、真実や真理を究明しようとするとき、どの用語を選ぶか、何を根拠に推論し、証拠に基づいて結論付けるかに時間をかけ、その内容に責任を持つように心がけてきました。
研究者としての倫理の重要性を痛感してきました。

市長としても、公約(マニフェスト)に何をどのように行うかを示すときに、市民の皆様にわかりやすい言葉を選び、実現可能性の根拠を持ちながら説明することを心掛けてきました。
公約は文字通り「公」に向けての約束であり、公表するということは実現するという責任の重大さを痛感し、市長としての倫理が求められていると痛感してきました。

「声に出すと、考えが自分の言葉に支配される」とのプロデューサーの鈴木さんの視点は、痛烈だと感じています。