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『下手くそやけどなんとか生きてるねん―薬物・アルコール依存症からのリカバリー』の著者との出逢い

『下手くそやけどなんとか生きてるねん―薬物・アルコール依存症からのリカバリー』の著者との出逢い

先日、大阪市の依存症回復施設「リカバリハウスいちご長居」(就労継続支援B型事業)の職員で介護福祉士の渡邊洋次郎さんとお話しする機会を得ました。
渡邊さんは、『下手くそやけどなんとか生きてるねん―薬物・アルコール依存症からのリカバリー』【(株)現代書館2019年】という本の著者です。
この本は、こんな前書きで始まります。
「私は、アルコールと薬物の依存症者です。現在はそれらのリカバリーを支援する仕事をしていますが、これまでに48回もの精神科病院への入退院を繰り返し、なかなか、リカバリーすることができませんでした。」
渡邊さんは、ご自身が経験された依存症や非行、精神科病院入退院、犯罪、刑務所服役という様々な状態や局面にいた経験を語ることで、依存症への理解が深まると考えて、本書を刊行しています。

第1部は、ある依存症者の生き様-リカバリー、それは「生きる」ことへの根源的な問い掛け、第2部は、依存症からのリカバリーのために必要なこと―当事者として、支援者として、社会に向けての提言、で構成されています。
本書ではまず、渡邊さんは、幼い頃から「生きにくさを抱えた変わった子」であり、青年期はシンナーの乱用とアルコールに溺れ、精神科病院入退院と、刑務所服役、自傷をくりかえしたということで、これらはすべて渡邊さんの生き様だったのです。
20歳の時に入院したアルコール依存症専門治療病院で、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス:様々な人々がアルコールを飲まない生き方を手にし、それを継続するために自由意思で参加している世界的な団体)と出会いましたが、それを大切に思うには長い時間がかかり、33歳まで薬物やアルコールを絶てなかったそうです。

窃盗等で刑務所に服役中に、医師の指導のもとでそれまでの処方薬を減らすことができたり、自傷行為を含み精神的にも自らを攻め続けている渡邊さんにカウンセラーが「あなたを許せるのはあなたの神様とあなた自身しかいない」と言われた言葉にハッとしたりして、自分を許せない自分に気付いたということです。
出所後、母親と主治医の配慮で生活保護を受け、地域生活ができるようになり、断酒会やAAに通うことに集中するようになり、依存症からはすこしずつ脱却が進んだ渡邊さんは、やがて、中断していた「リカバリハウスいちご」への通所を再開しました。
そして、公園の清掃や芝刈り作業等への就労も経験することになり、働くことの意義や仲間や地域の人々と相互に感謝し合うことの意義を体感するようになり、これらの経験をもとに、40代で「リカバリハウスいちご」の依存症当事者としての正社員スタッフになりました。加えて、専門性を高めるために介護福祉士の資格も取得できました。

こうした経過を踏まえて、渡邊さんは、自身が16歳の時に亡くなった父の墓前で報告します。
「ほんの一瞬さえ酒や薬がなきゃ生きられへんって思っていたけど、今は酒も薬も使わんと、下手くそやけどなんとか生きてるねん」
渡邊さんは、現在は、リカバリハウスいちごの啓発事業の一環として、大学や自治体で出前の講演をしています。
私との対話の中で、渡邊さんは、自分自身がいろいろな依存症経験を経て、今は酒を飲まない、薬を使わないで、働きながら生きていること、そのことが啓発になっているのではないかと語ります。
私が、「依存症経験の当事者としてリカバリ施設で働くことの意義は大きいと思うけれど、難しさもあると思うのですが、どうですか?」と尋ねると、率直な答えが返ってきました。
「僕は今でも働きながら断酒会やAAといった自助グループやミーティングに通い続けています。そこにはもちろん、いちごに通所している人もいます。いちごでは職員ですが、その場では仲間でもあります。ピアサポートのメリットはあるとは思いますが、私自身は今でも自助グループに支えられている存在であり、その上で職員としての専門性を発揮することにはそれなりの難しさも感じています」

大阪から東京にお仕事でこられた合間の短い時間の対話でしたが、有意義な著書を書かれたご本人と対話したことは、依存症についての認識と理解が深まるかけがえのない貴重な時間でした。
渡邊さんは、全国どこへでも自身の体験をお話しに出かけられるとのことで、連絡先は「リカバリハウスいちご」(大阪市東住吉区住道矢田)です。

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