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三鷹市井之頭町会会長・和太鼓サークル「井の頭鼓響」 前会長岩崎菊男さんと対話しました。

三鷹市井之頭町会会長・和太鼓サークル「井の頭鼓響」 前会長岩崎菊男さんと対話しました。

先日、三鷹市「井之頭町会」の会長を平成14年から平成28年までつとめられるとともに、創立20周年を過ぎている大人と子どもをメンバーとする和太鼓サークル「井の頭鼓響(こひびき)」 の前会長でもある岩崎菊男さんと対話しました。

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岩崎さんは今年1月に、私家版『一雫の川〜人生の区切りに〜』という290頁に及ぶ自伝を刊行して、私にも贈呈してくださいました。

昭和15年生まれの岩崎さんは小学校は三鷹市立第四小学校に入学しましたが、教員不足で二部授業だったそうです。
その後一時的に秋田県に転居してその後帰京してから、昭和25年に開校した第五小学校に通学することになりました。
そして、その年の11月3日、三鷹町が三鷹市になる市制施行日のその日、児童の一人として、学校から市役所まで旗を振りながら祝い歌を歌い、祝賀の行列をしたそうです。
帰りに紅白まんじゅうをもらったことも書かれています。

第三中学校に進学したときは校舎が建築中で仮校舎で、50人以上のクラスが6組あり、教室はぎゅうぎゅう詰めだったそうです。

高校は工員として働きながら通える都立三鷹高校定時制に進学しましたが、高校も仮校舎だったそうです。
しかしながら、あいにく肺浸潤に罹患して、高校は退学したそうです。
その後、家業の植木屋を手伝うことになりました。

そんな岩崎さんが、50歳の時に、高校に通いたいと都立高校の受験をしました。
見事に合格した時、ご近所のお寿司屋さんの常連同士として 出会っていた作家の吉村昭さんから、合格祝いのブランデーが届いたという逸話も紹介されています。

著書の「起筆のことば」には、

「今までお世話になった町会、消防団、住民協議会や市役所の皆様のもろもろの人たちとのつながりに感謝」とあるように、その後、岩崎さんは幅広い分野で、地域コミュニティの振興に貢献されました。
私が三鷹市長在任中には、町会主催の盆踊り大会はじめ各事業や、市内各所での井の頭鼓響の演奏の場面などで、岩崎さんとは折々にお目にかかってきましたので、今もご縁が続いています。

表題の「一雫の川」は、小さな雫がやがて大きな川になり、自然のままに流れに逆らうことなく雫たちと手を取り合って大きなうねりを作って人々に恩恵を与えながら、廻りを大きく育てようという意味を込めてつけたそうです。
「人に歴史あり」という言葉の意味を、岩崎さんとの出会い、岩崎さんの著書との出会いから、改めて噛み締めています。

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