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三鷹市芸術文化協会創立50周年記念合同作品展で縄文式土器にいけた生け花を鑑賞しました。

三鷹市芸術文化協会創立50周年記念合同作品展で縄文式土器にいけた生け花を鑑賞しました。

三鷹市芸術文化協会が創立50周年を迎えて、8月20日(日)に記念式典及び舞台公演「奏・謡・舞」が予定されています。
私は、相談役をつとめている三鷹市民謡連合会の一員として民謡を歌うことから、前日の19日に舞台での事前確認と練習に参加しました。
練習が終わり、帰路につこうとしたところ、三鷹市華道連盟会長で小原流の瀧島佳春さんと出会いました。
「私はこれから明日の華道吟の練習に行くのですが、縄文時代の土器に花を活けたのでぜひ見て行ってください」と会場に案内してくださいました。
瀧島さんはすぐに舞台での事前確認と練習に向かわれたのですが、その作品は、三鷹市立第五中学校遺跡で出土された縄文中期前半の「勝坂式」と呼ばれる立体装飾ムーブメントが佳境を迎えたころの土器に活けられていました。
瀧島さんは、この土器の時代に居住者の多かった東北地方ー奥会津昭和村の露草を活けました。
一見地味な露草が、縄文時代の土器の装飾とマッチして、時空を超えて人の命が続いていることを感じさせます。

会場の入り口には、古流松月会の中村喜秀さんの作品が展示されています。
土器は瀧島さんが活けた土器と同じく、三鷹市立第五中学校遺跡で出土された縄文中期前半の北関東系土器です。
中村さんは、当時も食されていたとされる葡萄(ぶどう)、世代継承の象徴であるゆずり葉、古代より咲く蓮(はす)の茎と、この時期にハスの花は咲いていないので代わりに百合の花を活けました。
中村さんは、三鷹市大沢にある三鷹市の古民家での事業に協力してくださっている方ですので、「私は古民家での取組みなどを通して三鷹市内に残る古いものと、その意義を伝える事業とご縁が深いのですが、今回は、縄文式土器に活けるという体験をさせていただいて、さらに古い歴史を体で感じて本当に感激です」と語ります。
そして、中村さんは、「実は私のお隣に展示されている「古代文字」の作者の野水吟秀さんは、箕輪さんとご縁がある方とのことで、二人の作品が並んで展示されていることも、偶然ではないようなのですよ」と教えてくださいました。
私は中村さんのお話を伺って、三鷹市長在任中の芸術文化協会創立40周年の際にも、職員の提案を反映して縄文土器にいけばなを活けていただく事業を行ったことや、市内大沢の箕輪さんからご寄付いただいた古民家を復元するという、実は遂行には難しかったことも多かった事業を成し遂げることができたことの意義を改めて痛感しました。

縄文からヒトが生活してきた三鷹市、それを引き継いで、暮らしを豊かに創ってきた市民の皆さまの多様な活動の息吹を、この合同作品展からも強く感じました。

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