【総務事務次官の原邦彰さんとの対話】
7月には国の省庁での人事異動が行われており、総務省では7月1日付で、総務事務次官に原邦彰さんが就任されるなど、幹部をはじめ異動がありました。
私は、総務省統計委員会委員及び総務省行政評価局のアドバイザーを務めていることから、かねてよりご縁のあった原さんが事務次官に就任されましたので、事務次官室を訪問して、ご多用中で短い時間ではありましたが近況報告を行い対話をしました。
私は大学教員時代に、旧自治省官房の【高齢化と地域社会】や【地域情報化】に関する調査研究会に所属していました。
また、電子選挙の研究会や水道事業や下水道事業、交通事業、病院事業などの【地方公営企業】【行政評価】や【公務員の養成や研修】の在り方 に関する研究会に参加し、総務省設立後は、住民基本台帳ネットワーク等に関する研究会に参加していました。
さらに、三鷹市長に就任してからは、自治税務局の【わがまち税制】に関する研究会に参加しました。
また、幸いにも、住民基本台帳法の【原則公開】を【非公開】に変えてほしいとの要請を総務大臣に行った際には、それを反映して【住民基本台帳法の在り方】に関する委員会にも参加させていただきました。
また、全国市長会こども子育て施策担当副会長在任中には、自治財政局の皆様に地方交付税との関係で有意義な意見交換をさせていただきました。
そうした過程で、原さんには折々にご縁をいただきました。
原さんは、自治省に入省されてからすぐに茨城県地方課に出向され、その後財政課でも働かれるなど自治体の現場を多く体験されています。
さらに、 宮崎県で人事、地域振興、さらには財政課長を経験されています。
そうした自治体職員としてのご経験を踏まえつつ、総務省の自治税務局・自治財政局の複数の課で地方の税や財政に関わる職務を果たされてきました。
原さんは、「私は和歌山県では総務部長、さらには副知事をしていましたが、その間、清原さんが参与を務めているこども家庭庁の渡辺由美子長官も厚生労働省から和歌山県に出向していて、和歌山繋がりなんですよ。そして、現在は、事務次官会議の際には奇しくもお隣の席同士なんですよ」と笑顔で話してくださいました。
さて、原さんのご経験で注目すべきは、2011年の東日本大震災発災直後の3月に【内閣官房震災ボランティア連携室参事官】、4月からは兼務で【内閣官房被災地復興に関する法案等準備室参事官】を務められ、8月からは【内閣官房復興庁設置準備室参事官】をされたことです。
まさに、未曾有の大震災直後の国の体制づくりに関わられたことは、その12年後の2023年7月に【消防庁長官】に就任され、震災とともに多発する水害等への対応にも布石となる創造的な取組みの経験をされたことと拝察します。
また、その後住民基本台帳ネットワークの段階から、2015年10月1日に【マイナンバー法】が施行される準備の期間に、原さんはそれを所管する自治行政局の市町村課長を務められました。
さらに、原さんが取り組まれた特徴的なお仕事として、2017年7月に【内閣官房内閣審議官・人事管理官】に就任されるとともに、【内閣官房皇室典範改正準備室副室長】に就任されたことがあります。
2018年7月 からは【内閣人事局人事政策統括官】と兼務として、【内閣官房皇室典範改正準備室長】【皇位継承式典事務局次長】を務められ、平成から令和へと皇位継承が円滑に行われるための事務局の責務を果たされました。
この時、原さんが支えられた【皇位継承式典事務局長】を務められたのは、総務省自治行政局長から内閣府事務次官に就任された山﨑重孝さんです。
山崎さんには、自治行政局の住民制度課長や行政課長ご在任中には三鷹市役所を訪問して総務省の未来ビジョンについて講演していただき、職員と交流してくださることもありました。
このように三鷹市の行財政改革についてご助言をいただいた山﨑さんとご一緒に、原さんは日本にとって初めての皇位継承についての取組みにおいて活躍されていたことになります。
原さんは、自治体現場の経験と交流を踏まえるとともに、被災地の復興支援のご経験を生かした自治体視点から、財政、税務、自治体行政の課題を熟知して、幅広い視点に立った政策形成に携わってこられました。
こうした原さんの総務事務次官へのご就任は、市長経験者の1人である私にとって、とても心強く思います。
7月には全国市長会の要請にも総務事務次官として対応され、対話に努めていらっしゃいます。
原さんはとても明朗で、お話にはユーモアが溢れていて、失礼とは思いながら声を出して笑ってしまいました。
国も自治体も、厳しい社会経済状況及び国際的な状況、地球環境の温暖化によるものと思われる自然環境や気象変化、災害の多様性に直面しています。
そうした中、総務省の取組みの重要性は増していることから、原総務事務次官はじめ総務省の皆様の自治体と密接に連携したご活躍をお願いして、事務次官室を後にしました。